Vow Blade
第一章:日常
「おい、ゆえ。おいこら聞け、聞いてんのか。ぼーっとしてんな」
誰かの声が僕を掃除機で妄想から引きずり出す。
それほど高出力でもなさそうな脈絡の無い声は果たして貴様だフェッペリン。
「誰がフェッ……なんだ? まあいいや今こそボコすぞ、テストだってほら、ほらよ」
折角僕が違うこと考えているときくらいテストなんて止めて欲しいな。いつも考え事してるけど。
高峰は自分に回ってきた解答用紙を僕に回しながら跳んだりはねたりしている。
まったく高峰は空気読めないヤツだ。
「してねええええええええええよ。本気で殺すぞ」
「まあまあ、な? そうむちむちすんな」
「むちむち? むちむちって何?」
「ようしテストだ」
「ねぇむちむt」
「できるかなぁ?」
「ちょ、むちm」
「むちむちやかましいぞ高峰!!」
「え……はぁ、すんません……」
いま先生に怒鳴られた高峰はとても小さく見えた……。生きているんだ、みんな……。
さてと前方の不落の城に挑むとするか。
一兵士が挑むには少し大きすぎるよね。こんなので五十分も無駄にしたくない。
ホントにめんどくさいなぁ、無回答で、いいっか、な? いぇい!!
「頼むから勉強してくれ……」
「黙れ」
「ごめん……」
試験、か、とテストより知的に言い直してみたりする。
勉強する気なんてとうに失った、何より、高峰をからかうことが今は好きだし。
昔はあったっけ? 忘れた。
名前の欄に“月仲夕映兎”と、かきこむ。なによりこれが本名だ。Y・T、だ。
綺麗な名前だね。
ホントに。
さて始めるか。何一つ解らないだろうけど。
……よし、何一つ解らない。
運動得意、俊敏性抜群。
昔からエナジー溢れる運動能力。
その姿は人目からこういわれる。
人を外見で判断してはならない。
破壊力も相応。僕のパンチはコンクリを砕く。嘘だ。
ごめん嘘だ。
とにかく割と運動関係では無双だった。
しかも外見も捨てたものではない。いわゆるイケメンだ。
友だちから聞いた話では、
「ゆえ君のこと? 可愛いね〜。髪も長いし女の子みたい」
「ゆえくん? とっても可愛いよ? 声変わりとかしてないんじゃないかな?」
「ユエト? めっさ可愛いよな〜、まぁ俺男だけど。関係ないと思えるよ?」
「はう〜、お持ち帰り〜」
など、僕の麗美なフェイスにみんなトロトロよ。
明眸皓歯な僕のスマイルは男女関係無くに平等に幸せを与えるのさ。
まあでも不幸なことに僕は女の子とかの話には疎いんだ。
残念だろう? もったいないって?
ごほんっ、とにかく、いままでこうして普通に楽しく、ときにいやらしく日常と言うものに接し、毎日を過ごしていた。これまでも、これからも。
それらは、壊れることなき真理。とまで思えていた。自然にそう解釈していた。
――だが、それだけなのだ。
必然と脳内には危険意識を消していくウイルスが住み着く。
原因は、無知から来る、典型的な麻痺。
それは大きくなるたびに心を蝕み、またそれを成長の糧とする。
僕も、変わらず蝕む。
自分で、自分を。
ずっとそうして生きてきた。
日常を。
「おまえってさ、なんで塾にきてんの?」
それは塾の帰り道、大通り。
ああ、あとアレの結果。見事に城の前で怖気ずいた僕は通りかかった衛兵にサクッとやられた。まあどうでもいいけど。
人は二人以外に影は見えない。そりゃそうだ。
真っ暗な天井は何時くらいまで塾にいたのかを軽くささやいてくれる。
今日もショックなくらい遅い。
宿題をやらされていた。
「なんで、って?」
「いや……そこまで?」
ふぅ、とため息をつく。
手をひらひらさせながら、高峰に向きチェンジ。
「なんでもないよ。しいて言えば高峰がいるからっ、と」
道路と歩道の間を分け隔てるコンクリートの塊に上る。我ながら小学生みたいな行為だと知っていて、やらずにはいられない不屈の精神。
てかこれでも背の違いが縮まらない。
高峰は無駄に背が高い。ほんとに無駄。
……僕は低い。
「いい意味で?」
「ちょっと待て悪い意味の君の解釈を聞きたい」
「なんでもないっすゆえさま」
「ふぅ……ん」
なにか気分が乗らないな。こういうときは、ゆっくり空を見るのがいいさ。なんにもない空は、僕の心も無にしてくれる。ついでに星があったら、僕の心にも光が灯る。
静寂が僕らを抱きしめる。
まるで無声映画のように、それが当たり前かのように。
ひとときの時間を経て、そして適当なことを言う。
「高峰さぁ」
何だ? と言う声が返ってくる。脈絡も無く温度変化も無い。
落ち着いた物腰に落ち着いた表情。
昔からこいつはそうだった。こいつが怒ったところも、悲しんだところもそれほど見たことが無い。
いつでも僕を助けてくれた。
「お前って頭よくていいな」
瞬間高峰は、はぁ? という顔をして僕をみた。同時につんつんの頭が揺れた。
「そんなことかよお前……」
気が抜けた、ってのを絵に描いたような仕草を見せ、高峰はおそらく無駄にテンションを上げて言う。
そのおかげで僕のテンションゲージがゼロになった。
「お前は素で頭がいいの、わかる? 真面目に勉強してから言えアホ」
「アホ言うな」
「アホだよおまえ。高校入試終わったからって浮かれんな」
「………………」
「三年なんて即効過ぎるぞ」
あれだね、反論できないって一番むかつくね。
すこし拗ねてみる。
でも手を後ろにやってうつむくと、やはり、
「……まぁ、今から勉強しても遅くねえから、ちゃんとやってけ」
「はぁい」
やっぱり、高峰は優しい。
前に向き直り、とびっきりの笑顔。
高峰には見せないけど。
そんなことをしていつもどおり友との別れ道。
繰り返してきたすべて。
僕たちは軽い挨拶でそれぞれ別れる。僕は公園に、高峰はそのまま大通りに。
また繰り返すものと思って、それで別れる。
人々はそれを当たり前と呼ぶかもしれない。
無論僕もそうだった。
だが恐怖は、突然襲うから恐怖なのだという。
僕はただ甘えていた。
先の現実を知らなかった。
それだけ。
なにも知らない僕は、絶望を直視するために、来た道を振り返る。
親友を、振り返る。
麻痺が、長年の病が解けた。
「そうだ高峰明日っ」
公園の入り口の角を飛び出す。
だって向こうに高峰がいるから。信愛する友がいるから。
でも返事は無かった。
あるとすれば、高峰の隣の何か。
歪な何か。
「……高、峰…………?」
『観察物、月仲 夕映兎。少々問題が発生した。繰り返す……』
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