いつの間にか夜になっていた。
寒空の下、いつもの河川が見える公園のベンチに腰掛ける。しかしいつもそこから見える景色は暗くてよく見えない。
街頭は必要最低限、って言葉がベストマッチする数だ。
特別広いわけでもなく、狭いわけでもない。
変わらないのは、昼も夜も人が来ないということか。
俺は何故ここにいるんだろう。何故帰らないんだろう。帰っても誰もいないからか……?
それとも、なにかを待っているのか?
一瞬、頬を切り裂く冷たい風がゆっくりと隣を駆けた。
その風の元をたどる。
もうこの時には気付いていたのかもしれない。
目を向けた先は少し白く明るくなっていることを。
天使がいた、本当にそう思った。
ただ悪魔かも知れない。そうも思った。
彼女はまるで元からそこにいた、そんな曖昧で違和感の無い存在。
月に煌めく銀髪を風に流して、漆黒の切り布を身に纏う。
まるで翼がはえているように思えた。
そして真紅の大鎌、鎖などで装飾された歪な破壊道具を、白いリボンでかわいらしく結んであった。
唖然としたわけではなかった。驚愕に身が震えたわけでもなかった。
ただ、見入った。
生涯忘れること無いだろう。ただ目の前の景色が、美しい光景が瞳に焼きこまれるように。
音も無く歩み寄る純真が、こう、告げた。
「ごめんなさい。あなたを、終わらせる」
そして彼女は、ただ軽く、ペンを渡すように大鎌を構えた。
ひと時、虚無が包む。
俺は凍えきり、軋む体を起こし、立つ。
「……そうか……」
俺はこの子を待っていたのかも知れん。
ずっと、長い間、そんな感じがした。しかしその感情とともに、
「だが……終わらせる、などと表現する奴の前では、俺は倒れない」
彼女を葬り去りたい。
消し去ってやりたい。
「こいよ」
計り知れない殺意が胸を駆り立てた。
風が唸る。
「シッ……!」
疾風と呼ぶにふさわしい速度、なおかつ正確に俺の首元を掠める。
でかいエモノ振り回しているくせに、羽を振るうごとく至極簡単に音速を記録する。
瞬間次の一撃。
胸元を抉り込もうとする牙を指でそらす。
しかし速度を落とさないそれは、一度に二つの閃きを起こす。
「……ッ」
紙一重、俺は二つに分断されなかった胴をねじり迎撃を仕掛ける。
一発入れた、そう思った瞬間天使は先ほどの反動を反転、逆方向に蹴りとして打ち出した。
それは見事に俺の脇腹を穿つ。
「グッ……ァ」
映画のワンシーンのように四、五メートル吹き飛び、壁に叩きつけられる。
彼女は音も無く、近づく。
俺の命を奪おうと。
「ごめん、なさい……」
謝るくらいならしなければいいのに。
静かに息を吸い込む動作が耳から入る。
辛いならしなければいいのに。
地に伏した俺にもわかる音が鳴る。
鎌が振り上げられる音。
あぁ、おれここで死ぬのか。
なんで死ぬんだろう。
わけわかんねぇし。
まぁいいさ、こんな。
こんな腐れた世界に未練なんて無い。
あるとすれば…そうだな…強いて言えば、
ここで死ぬということか。
「……っ?」
彼女は真紅の毒牙を振り落とす前に気付く。
その刃が切り裂くべきものはそこに無いということを。
そして半時も経たず背後の声。
彼女は驚き振り向く。
「なぁ、あんたはなんで俺を殺す?」
後ろを向き、淡々と言葉を並べる俺を彼女は見据える。
「いつのまに」
「聞けよ」
言い放ち、白い彼女に目を向ける。
何故にか、白の子は驚き眼を見開く。
「なぁ、あんたと喧嘩してるとなんで、こう、熱くあふれる?」
そこには狂気の笑みを浮かべる鬼人が一人。
彼女は俺を睨み、そして口を開ける。
「それが理由」
声に出した瞬間、もしかしたら言いながらかもしれない。
牙の轟音が空間を裂く。
しかし彼女が薙いだ場所には俺はいない。
体が熱い。
脳が沸騰する。
心臓が溶け出す。
視界が暗転、まるでスローモーションの世界に閉じ込められたように。
彼女の動きも、いまやハエも止まる。
俺を追う牙が三度目の空を切る。
威力を落とさないうちに体を反転。
俺を仕留めようともう一撃、しかし。
遅い。
遅すぎる。
地を一度蹴るだけで全て回避できる。
脳が命令する。
絶対服従の命令。
速く。
速く。
もっと速く。
彼女はもう見えていない。
俺の姿を。
光だ。
俺は光だ。
何者も、
追随は許さない。
破裂音。
足元を爆発させ、瞬間移動のように距離をとる。
彼女は歩き、こちらに向かう。
実際には地を蹴り進んでいるわけだが。
全て、遅い遅すぎる。
さっきのステップの反動で地を滑り、俺は全てを籠める。
閃光が弾け、拳が白く唸る。
「ぁあ!!!!」
必殺を籠める。怒りを籠める。殺意を籠める。喜びを籠める。
再び地面が炸裂。
「遅ッ、すぎるんだよ!!!!」