白の世界

第一章:白の目覚め

 いつの間にか夜になっていた。
 寒空の下、いつもの河川が見える公園のベンチに腰掛ける。しかしいつもそこから見える景色は暗くてよく見えない。
 街頭は必要最低限、って言葉がベストマッチする数だ。
 特別広いわけでもなく、狭いわけでもない。
 変わらないのは、昼も夜も人が来ないということか。
 俺は何故ここにいるんだろう。何故帰らないんだろう。帰っても誰もいないからか……?
 それとも、なにかを待っているのか?
 一瞬、頬を切り裂く冷たい風がゆっくりと隣を駆けた。
 その風の元をたどる。
 もうこの時には気付いていたのかもしれない。
 目を向けた先は少し白く明るくなっていることを。
 
 
 天使がいた、本当にそう思った。
 ただ悪魔かも知れない。そうも思った。
 彼女はまるで元からそこにいた、そんな曖昧で違和感の無い存在。
 月に煌めく銀髪ぎんぱつを風に流して、漆黒の切り布を身に纏う。
 まるで翼がはえているように思えた。
 そして真紅の大鎌、鎖などで装飾された歪な破壊道具を、白いリボンでかわいらしく結んであった。
 唖然としたわけではなかった。驚愕に身が震えたわけでもなかった。
 ただ、見入った。
 生涯忘れること無いだろう。ただ目の前の景色が、美しい光景が瞳に焼きこまれるように。
 音も無く歩み寄る純真が、こう、告げた。 
「ごめんなさい。あなたを、終わらせる」
 そして彼女は、ただ軽く、ペンを渡すように大鎌を構えた。
 ひと時、虚無が包む。
 俺は凍えきり、軋む体を起こし、立つ。
「……そうか……」
 俺はこの子を待っていたのかも知れん。
 ずっと、長い間、そんな感じがした。しかしその感情とともに、
「だが……終わらせる、などと表現する奴の前では、俺は倒れない」
 彼女を葬り去りたい。
 消し去ってやりたい。
「こいよ」
 計り知れない殺意が胸を駆り立てた。
 
 風が唸る。
「シッ……!」
 疾風と呼ぶにふさわしい速度、なおかつ正確に俺の首元を掠める。
 でかいエモノ振り回しているくせに、羽を振るうごとく至極簡単に音速を記録する。
 瞬間次の一撃。
 胸元を抉り込もうとする牙を指でそらす。
 しかし速度を落とさないそれは、一度に二つの閃きを起こす。
「……ッ」
 紙一重、俺は二つに分断されなかった胴をねじり迎撃を仕掛ける。
 一発入れた、そう思った瞬間天使は先ほどの反動を反転、逆方向に蹴りとして打ち出した。
 それは見事に俺の脇腹を穿つ。
「グッ……ァ」
 映画のワンシーンのように四、五メートル吹き飛び、壁に叩きつけられる。
 彼女は音も無く、近づく。
 俺の命を奪おうと。
「ごめん、なさい……」
 謝るくらいならしなければいいのに。
 静かに息を吸い込む動作が耳から入る。
 辛いならしなければいいのに。
 地に伏した俺にもわかる音が鳴る。
 鎌が振り上げられる音。

 
 あぁ、おれここで死ぬのか。
 なんで死ぬんだろう。
 わけわかんねぇし。
 まぁいいさ、こんな。
 こんな腐れた世界に未練なんて無い。
 あるとすれば…そうだな…強いて言えば、
 
 ここで死ぬということか。
 

「……っ?」 
 彼女は真紅の毒牙を振り落とす前に気付く。
 その刃が切り裂くべきものはそこに無いということを。
 そして半時も経たず背後の声。
 彼女は驚き振り向く。
「なぁ、あんたはなんで俺を殺す?」
 後ろを向き、淡々と言葉を並べる俺を彼女は見据える。
「いつのまに」
「聞けよ」
 言い放ち、白い彼女に目を向ける。
 何故にか、白の子は驚き眼を見開く。
「なぁ、あんたと喧嘩してるとなんで、こう、熱くあふれる?」
 そこには狂気の笑みを浮かべる鬼人が一人。
 彼女は俺を睨み、そして口を開ける。
「それが理由」
 
 声に出した瞬間、もしかしたら言いながらかもしれない。
 牙の轟音が空間を裂く。
 しかし彼女が薙いだ場所には俺はいない。
 体が熱い。
 脳が沸騰する。
 心臓が溶け出す。
 視界が暗転、まるでスローモーションの世界に閉じ込められたように。
 彼女の動きも、いまやハエも止まる。
 俺を追う牙が三度目の空を切る。
 威力を落とさないうちに体を反転。
 俺を仕留めようともう一撃、しかし。
  遅い。
 遅すぎる。
 地を一度蹴るだけで全て回避できる。
 脳が命令する。
 絶対服従の命令。
 速く。
 速く。
 もっと速く。
 彼女はもう見えていない。
 俺の姿を。
 光だ。
 俺は光だ。
 何者も、
 
 追随は許さない。
 
 
 破裂音。
 足元を爆発させ、瞬間移動のように距離をとる。
 彼女は歩き、こちらに向かう。
 実際には地を蹴り進んでいるわけだが。
 全て、遅い遅すぎる。
 さっきのステップの反動で地を滑り、俺は全てを籠める。
 閃光が弾け、拳が白く唸る。
「ぁあ!!!!」
 必殺を籠める。怒りを籠める。殺意を籠める。喜びを籠める。
 再び地面が炸裂。
 
「遅ッ、すぎるんだよ!!!!」
 
 今度は彼女の脇腹が穿たれる番だ。
 順番的には、そうだろう?






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