眩しい、と眼を覚ます。
カーテンからもれた光が顔を直射していたようだ。
さて、という感じに立ち上がり、まだ朝を拒む脳を冷水でたたき起こす。
今日は日曜日だというのに、また早くにおきたものだ。普段は昼に起きてもおかしくない。起こす人も、いないしな。
と、さっき暖房つけたリビングに戻り、ふらつく足でコーヒーをいれるべく、カップを取りに……
リビングに戻り……?
なにか引っかかる。
だが気にしない。これぞ寝起きの俺。さすが。
カップに赤茶けた粉末を放り込む。乱暴に置いたビンはキッチンをぐわんぐわんと半秒ほど回転し、何事も無かったように静けさを取り戻す。
ポットから熱湯を注ぎ込み、湯気がしっとりと顔を包んだ。
そのまま移動しカーテンを片手で片一方だけ開ける。
しゃあ、と、乾いた音がしたとたんに陽光が優しく部屋に流れ込んだ。
静かな朝だ。一日の始まりとはこのことだ。まさにこのことなのだ。
馬鹿な言葉を心の中で詠いつつ、さっきまでいたソファにどかっと座り込む。
静寂が包んだ。
それは寂しいものではなく、早朝特有の人を安心させる静けさだった。
ただ、俺がコーヒーをゆっくりとすする音が、この世界に割り込む。
なにもない時間が過ぎる。
時間経過とともに、脳は活動し始めるのが自分でも把握できた。
しかし、それに比例し、異質的な意識がどこかで詰まる。
さっきまでいた……?
という言葉だ。
そう、起きた時感じた違和感、最初からここに居たはずという不可思議な矛盾。
尻の下で重なり圧迫する毛布をどける。
いや、毛布がある……。
これが決定的な矛盾だった。普段ソファにはクッションしか置いてないはずだった。
これらから推測される事柄は、完全に復活した脳みそには簡単すぎる問題だ。
……そうだ、俺はここで寝たんだ。
寒いのによくやったな俺。賞賛に値するぞ。
……で、なんで、だ……?
記憶が逆流する。
それは怒涛の渦を巻いて電光石火のごとく瞬時に駆け巡る。
そして今まさに電子レンジが冷凍食品を解凍し終わったように、
チーン
傍目からみると呆けた俺が、マンガでいうところならそのままカップを落としただろうほどの、なんか食ってるラクダを静止させたような間抜けな顔をした俺が十秒ほど固まっていただけだったが。
瞬間、カップをドミノ倒しの最後のピースの要領で前にある机に置き、背中側に位置するドアを凝視した。
その動作と一連に俺はすっと立ち上がり、思考を巡らせる。
そうだ昨日俺は……
物音一つも、そう、ほんとうに無音で自分の寝室まで通常の十倍ほどの速度を保ちにじり寄る。
もし、昨日の出来事が事実なら、本当にあったことならば、そこにはいるはずだった。
さっきと同じように物音立てずにノブを回し、押し開ける。とそこは……
そこはいつも俺が寝ている寝室ではなかった。
なんか、とても、そんなところには思えない。いや、どうやって言ったらいいのかわからんが……。
ちゃんと整頓された机、推敲に推敲を重ねた配置でずっしりとたたずむ本棚も、全部変わりない、しかし。
女の子が寝ている。
それだけでも理由になるが、その女の子とやらはとても常識で測れないほどに美しかった。
まるで人がかたどったかのような、可憐な顔立ち。
向こうを透き通しそうな銀色の髪は、触ると切れると思うほどに細く繊細で。
長いまつげも髪の色と同じ銀色に光り、雪を連想させる肌を彩る。
寒さのせいだろうか、頬を少し桃色に染めて、すぅすぅと寝息を立てている。
これが俗にいう美人か、ほう。
……まあそれは置いといて、とりあえず揺すってみることにした。
この状態で放置というのはあまりにも心臓に悪い。
手を伸ばすのも緊張するが肩に手を置く。
あたたかい。それは確実に人間のぬくもりだった。
俺の手にすっぽりと納まる小さい肩は呼吸とともに上下している。
「おい、おきろ……おい……」
軽く押してみた、しかし。
反応が無い。
まったく無い。
俺も反応できない。
静寂がそこにこびりついた。
時刻は九時ごろ、半ば女の子の存在を忘れ、ソファでゆったりと朝の時間を堪能している俺がいた。
人間には現実逃避という割とメジャーな裏技があるのだ。
てか仕方ないだろ。
なんか殺されかけたにしては俺は無傷だし、容疑者は気絶しちゃったし、凶器はふわっと消えちゃうし、正直殴っちゃったし、あのまま置いとけば女の子危ないし、警察駆け込まれでもしたら絶対不利だし、連れて帰ってきても警察に踏み込まれでもしたらヤバイなとか思っちゃうけど、てかなにこれぜったいおかしい。
血が出ないくらいに自分の頭を殴った。
冷静になれ桐山柊、それが売りだろ?
考えばなんだって思いつくさそうだろ?
いままでそうしてきただろ?
な、わかったか?
わっからないよなあははははは…………
今日何杯目かもわからないコーヒーを飲み干す。
意外と落ち着いてきた。
アレ以来まだ寝室に足を運んでいないが、それぐらいの勇気は振り絞れそうだ。
とか思いながらも足は動こうとしないが。
何もしないでこんなに時間の回りが速いと感じることがあっただろうか。
時刻はとうに十一時を回り、昼の温かみが増している。
テレビでもつけたいところだが、例によって音は立てたくないので朝からつけてはいない。
静かだ。
静かな情景、この感じどこかで……。
追憶からよみがえる古い想い。
何かもわからないほどに擦り切れてはいるが、まだこの心を微量だが湿らせる。
しかしそれは同時に、心を安定させてくれている。
なんだっけな、この感じ……。
と、いい感じに現実から逃避する俺は気付かなかった。
静かに、背後のドアが開く。
それは極めて冷淡に。
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